樹 第27回


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木枯らしが数日前に吹いて、 紅葉したナンキンハゼの葉を一夜にして落葉させてしまった。 侑子は早川と待ち合わせをしていた。 先ほどから一時間ほど本を読みながら喫茶店で待っていたが彼は現 れなかった。携帯で連絡をとろうとしても通じることはなかった。 時間が経つにつれて次第に周りの人達のさざめきがガラスの膜の向 こうの出来事のように感じられてきた。 その膜を突き破らないと彼らと同じ世界に存在できないのではとい う不安に苛まされ、 読んでいたはずの本も手につかなくなっていた。 胸の中に冷たい風が吹いてくるようで自分が吹雪の中で遭難してし まった旅人のように感じられた。 テーブルの上のコーヒーも冷たくなり、 口に運ぶ気にはなれなかった。突然、 早川の妻がなにか行動に出たのではという考えが浮かんだ。 このところ、 この考えがいつも頭の片隅にあったことに侑子はいまさらながら気 がつくのであった。 しばらく待っていたが侑子は諦めて席をたった。 自分だけがガラス膜に隔てられたなかに閉じ込められた感覚は続い ていた。どこをどう歩いていたのか分らないまま家にたどり着き、 居間のソファに倒れるように座り込んだ。その時、 ふと壁に飾ってある写真のトラフズクが自分をじっと見つめている のに気付いた。 彼らは日中は木の葉蔭に隠れるようにじっと動くことなく止まって いる。カラスに突かれても抵抗できないほど昼間は弱々しい。 ところが夜になると彼らは豹変する。 黄色味を帯びた大きな目を見開き、狩りを始めるのである。 昆虫や、 ネズミなどの小動物を音もなく急襲し二つの鋭い前足で獲物を剪み こむ。 侑子はこの部屋の中で彼らに襲われるのではないかという気持ちに なり身震いした。シャワーを浴びることもなくベッドに入ったが、 一晩中トラフズクから逃げまどう夢にうなされた。 大きなアラカシの木の根もとに倒れたところを襲われ何度もその鋭 い爪と嘴で体を突かれ引きちぎられた。 侑子は絶望的な悲鳴をあげ、 その鳥に助けを請うたが鳥は容赦することなく攻撃し続けるのであ る。トラフズクは驚いたことによく見ると早川の妻であった。

翌日から何度試みても早川とは連絡はつかなかった。 アトリエにもそれ以後現れることはなかった。

 

 次回に続きます