痣 第13回



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夏休みを間近にひかえた日射しの強い一日であった。朝の職員室にはなんとなくざわめいているような落ち着かない雰囲気があった。それがどこからくるのか沢木にはわからなかったが、朝の打ち合わせで生徒の服装検査があることを教頭から知らされた。月曜日の朝のことで生徒は全体集会に参加するために体育館に集合していた。彼は担任もないので入り口付近に立って集会が始まるのを待っていた。生徒は学年別に整列している。体育館のなかには思春期の生徒たちから発散する独特の体臭が籠っているように沢木には感じられた。

 


校長の訓話や諸注意の伝達が終わると服装検査が始まった。物差しを持った生徒指導部の教師が女子生徒のスカートの長さをチェックしている。膝下十センチという規定が生徒手帳にあるがそれに違反していないかをみるのである。ほかにも学生服を改造していないか、白いカッターシャツの下に色の付いたアンダーシャツなどを着ていないか、靴下も白で三つ折りという規定に反していないかなどこと細かに検査がなされた。それだけではまず普通の服装検査だが、その後、女生徒が検査に合格するようにスカートをウエストのところで折り曲げてスカート丈を調節していないかを職員総出で点検するよう指導部の教師から指示を受けた。女生徒一人一人の腰の部分に手をいれて確認するのだという。

 


沢木は初めのうちは躊躇して列の脇にいたが、久米の全員の教師が取り掛かるようにという大きな声がマイクから流れると、押し出されるように二年生の女生徒のところに行った。最前列の女生徒の腰の脇に手を差し入れると滑やかな下着の感触の下に生温かな肉があることを感じ、手に電流のような慄きが走った。それと同時に甘やかな女性特有の匂いが鼻をくすぐった。それはもはや子供ではない成熟しつつある女性の体で、手を伸ばせばすぐ上の胸のふくらみに届く。彼はグラグラするような感覚に襲われた。いったい自分は何をしているのだろう。ふと今自分が手でまさぐった女生徒と目が合った。そしてお互いにすぐその目をそらして目を伏せた。彼女は列の最前列にいる小柄でどちらかというと幼い感じにみえる生徒であった。しかし、その女生徒の体がこれほどまでに成熟しているのを感じ、沢木は動揺していた。続けて二人、三人と手を差し入れてもこの行為に慣れるということはなかった。痩せて骨ばっているかのような生徒でも腰から臀部にかけては思いがけずも豊かであることを知って彼は驚嘆の思いを禁じ得なかった。初めのうちは苦役のように思っていた検査であったが、次第にその行為の中に愉悦を感じている自分を発見して愕然としていた。気がつくと周りにいる男子生徒の視線が彼の体に突き刺さってくる。羨望あるいは非難、それともその二つが微妙に入り混じったものなのかは彼にはわからなかった。沢木は列の後方に裕也が目を伏せて立っているのに気づき、深く恥じ入りながら傷ついている自分を発見していた。

 


 

 


思春期は自分の体型が急速に変化し戸惑いを感じる時期である。その自分の体の思わぬ変化を強調したり、隠そうとしたり、またあえて無関心を装ったりとその変化に対応する姿勢には個人差があり、そこに本人が意識するとしないとにかかわらず、彼らの人生への向かい方の原型のようなものが現れるのではないかと沢木は感じていた。服装はおのずとそれを表現するものであるはずだ。それゆえ同じ制服を着ることにはひとりひとりの個性を無視して一つの鋳型にはめるというある種の暴力性があった。それだけでも耐え難いと感じる生徒が何人かいるはずなのだ。その上その鋳型にはめるのに少しの揺らぎも許さずしっかりはめ込もうとするこの学校の方針にはなぜそこまでするのかという思いが湧いた。しばらくしてふと我に返ると数人の生徒が列の外へと出されているのに気付いた。そのほとんどはあえて違反することも辞さないという繁などいつもの常連たちであったが、なかには身長が驚くほど短期間のうちに伸びて本人にも気づかないうちにスカート丈が短くなっていたという女生徒もいる。そして残りの生徒たちのなかには違反した生徒を揶揄するような目で眺める生徒もいるのに沢木は気付いた。同じ生徒間でお互いに対立し合うような雰囲気、あるいはそこまでいかなくても違反した生徒に対して無関心を装うようなよそよそしい雰囲気があった。

 

 次回に続きます