樹 第4回


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侑子は大手のドラッグストアの調剤薬局の薬剤師であった。十数年前に夫は交通事故で亡くなっていた。横断歩道を通行中に右折してきた乗用車に轢かれたのである。事故当時はまだ一人娘も小学生で、父親を亡くしたショックも大きかった。幸いにしてその娘も結婚し今は東京に住んでいる。侑子も数年は気力を失くしていたが、今は落ち着いて生活できるようになっていた。

彼女は、鳥の写真を撮っていた。遠出はしなかったが、休日にはカメラをもって街の中の緑地に足を向けた。彼女の部屋の壁には五十号の大きな水彩画が掛かっている。少し前、緑地にある池から近くの大学に抜ける林の中の坂道を歩いていると、ホッピリリ、ピピロ、ピピロ、ホーシという少し高音の美しい声が聞こえた。驚いて頭上を見上げるとキビタキがコナラの枝に止まって囀っている。そのときのなんとも言えない嬉しさから絵筆をとった作品であった。鳴き声を耳にするとまるで深山幽谷に迷い込んだような心地がしてまさに天上の音楽である。キビタキはスズメより少し大きく喉元から胸にかけてのオレンジ色が鮮やかだ。背面は黒く眉と腰は黄色、下腹部と翼の一部は白色の鳥である。自然はなんともカラフルな衣装をこの鳥に与えたものだと侑子は出会うたびに感嘆するのである。

  次回に続きます