樹 第3回

主宰する水谷は美大をでて美術系の短大の講師をしていた。子供が二人いたが下の子供が知的障害でいろいろ苦労しているようであったが、アトリエではその話はほとんどなかった。もっともその子供が生まれた頃、風呂に入れるために夜は少し早く帰宅しなければならないと言っていたのを漏れ聞いたことがあったが。

アトリエでは毎回、描くテーマが決まっていた。静物を描くこともあったし、モデルの女性が来ることもあった。また戸外に出てスケッチを描くこともあった。

早川宏樹の絵は独特であり、他の誰の絵とも異なっていた。あるとき、植物の写生をすることになった。皆はそれぞれの植物を画面に忠実に写生していた。ところが早川は画材の中にあったトウワタというフウセンカズラによく似た植物を画面いっぱいに広げ、その空間のなかに様々な他の植物を描いていた。まるでトウワタという小宇宙のなかを他の植物が漂っているような浮遊感があり、見ているとその世界に吸い込まれていくような不思議な感覚の絵であった。村山侑子はひと目でその絵に惹かれた。早川の想像力の在り様がなんと自由なのかと次第にその絵を描いた彼自身に関心が移って行った。

  次回に続きます