痣 第6回


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その後はオリエンテーリングに移り、班どうしの競争になっていった。あくまで班員は班長の指示、判断に従うことが求められ、初めは無邪気に騒いでいた生徒たちも次第に周りを窺うような伏し目がちの眼になり、表情もあいまいなものになっていった。その様はできるだけ自分らしさを消して集団の中に溶けていくことを目指しているかのようである。まるで軍隊における新兵の訓練だと沢木は思った。訓練のための訓練などというものはありえないはずだ、そうだとしたら彼らは誰とあるいは何と戦うのか、あるいは誰のために。様々な疑問が彼の心に浮かんでは消えていった。

久米は指令台の上に立ってまるで部隊長にでもなったかのように得意そうに号令をかけていた。沢木は以前、叔父から聞いた日本陸軍の一兵卒の悲哀に満ちた軍隊生活を思い出していた。沢木は戦後生まれであったので実際に軍隊を経験したことはなかったが、一連の訓練を見ていると戦前にタイムトリップしたかのような錯覚に襲われるのだった。

一日のスケジュールがようやく終わり、夕食を済ませると就寝時間は九時であった。その後教師たちは二人一組になり、各部屋の巡回を行わなければならないという。静かに足音を立てないように部屋に近づき、騒いでいるものがいないか扉の所で聞き耳を立てるのはまるで自分がスパイにでもなったような気がして落ち着かなかった。沢木は大人になってこんな子供じみたことをしなければならないとは想像だにしなかった。騒いでいるのがみつかったときにはやはりその生徒が属する班員すべてが廊下に正座させられるのである。

午後の十時過ぎに見回りを終え、沢木は部屋に戻ってきた。新しく赴任した教師たちは三つの部屋に分かれて泊まっていた。それぞれが校務委員の教師のいずれかと同室になるように配慮されており、沢木はこの合宿の責任者である体育科の久米と一緒であった。消灯後の見回りから帰ってきた久米は寝酒だと言ってカバンからウイスキーの瓶を取り出し、グラスについだ最初の一杯を一気に飲み干した。確かこの施設は禁酒禁煙だったはずだと沢木は思ったが、久米は躊躇する様子もなかった。この部屋にいるのは久米のほかはすべて新しく赴任してきた教師ばかりである。酔いが回ってくると久米はだんだん饒舌になっていった。沢木は久米の目の周りの青い痣がアルコールのために赤みを増して左目の周辺が大きく見開いているようになっていくのを感嘆の面持ちで眺めていた。まるで潮が満ちてくるように顔全体の風貌が変化しているのだ。

「俺は体育大学の学生だった頃、よく先輩たちに無理やり飲ませられたものさ。受けた杯は全部飲み干さないと殴られる。それが嫌で初めは飲めなかった酒も練習して強くなった」

久米は得意げにほかの教師を眺めていたが、沢木は積極的に相槌を打つこともせず黙って座っていた。そんな彼を久米は探るような目つきで見た。